田中未来監督の映画『シルバー・エクスプレス』が10日、韓国で開催中の「第31回釜山国際映画祭」(10月6日~15日)のコンペティション部門でワールドプレミア上映された。会場となった映画の殿堂・ハヌルヨン劇場には600人を超える観客が集まり、田中監督、撮影監督の達富航平、音楽の草田一駿、プロデューサーの直井卓俊が参加した。
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本作は、短編『ジンジャー・ボーイ』で「第78回カンヌ国際映画祭」ラ・シネフ部門の第3位に入賞した田中監督の初長編。他者に恋愛感情を抱いたことがない智絵里が、自分と同じように恋愛感情を持たない男性・翔也と出会い、理解し合えたと思いながらも、互いの決定的な違いに直面する物語を描く。
智絵里役を映画初主演の岡本ゆい、翔也役を『HAPPYEND』の栗原颯人が演じ、高良健吾、吉田羊らも出演。恋愛感情や性的欲求を持たない智絵里の姿を通じ、自分とは価値観やセクシャリティが異なる他者への“想像力”を持つことの困難と尊さを問いかける。
上映前の舞台あいさつで、田中監督が韓国語であいさつすると、客席から歓声と拍手が送られた。田中監督は「脚本を書く前に考えていたのは、自分と違う価値観を持つ他者を理解することの難しさと大切さでした。そのことを多くの人に伝えたいと思っています」と、作品に込めた思いを語った。
撮影監督の達富は、主人公の悩みや孤独をどう映像で表現するかにこだわったと説明。「みなさんに早く届けたくて仕方がなかったので、楽しみです」と上映への期待を伝えた。
音楽の草田は、悩みや迷いを抱える主人公が、自分のそうした側面も好きになれるよう、後押しする音楽を目指したという。直井プロデューサーは「極端に言えば自主映画でも良いからどうにか形にしたいと作り始めた作品」と振り返り、「脚本の求心力によって、これから日本でも活躍していく新進気鋭の役者が揃ってくださった。代わりの効かない方たちばかりでした」と語った。
上映後のQ&Aには、田中監督、達富、直井プロデューサーが再び登壇。拍手で迎えられた田中監督は「自分にとっての初長編作品が今回の釜山国際映画祭でワールドプレミアを迎えられたこと、とても光栄に思います」と喜びを語り、600人規模の会場で自身の作品が上映されるのも初めての経験だったと明かした。
主人公を、他者に恋愛感情を抱いたことがない女性に設定した理由については、人を好きになることが当たり前とされる社会の中で、誰かを好きになったことがある人と、ない人との間に対立が生まれるのではないかと考えたと説明。他者を理解することの難しさと大切さを描くため、この設定に至ったという。
高良演じる旅館のオーナー・林田と智絵里が話す場面については、達富が撮影の意図を説明した。林田の言葉が説教くさく見えないよう、監督と話し合い、どちらの人物にもカメラを寄せずに撮ったという。
「彼のような言葉って、その瞬間は響かないけれど、時が経つにつれて自分の中に浸透していくものだと思うんですね。なので、あのシーンは大袈裟に撮らないという選択をしました」と語った。
観客からは、物語の舞台となる新宿のにぎわいと、智絵里の孤独との対比についても質問が寄せられた。田中監督は「もともと自分は、生きづらさや孤独を感じている人を主人公にしたいと思っています」と前置きした上で、「都会はこれまでの作品でも描いてきました。自分にとって新宿はよく行く街。実感としてあるのが、(新宿は)完全に理解はしてくれるわけではないけれど、多くの人を受け入れてくれる街、否定しない街なのかなと思う」と語った。
遠くを走る電車の音が聞こえるという主人公の設定には、田中監督自身の体験も重なっているという。幼い頃から、大勢の人が集まって会話する場所が得意ではなく、周囲の表情や思いを感じ取ってしまうような子どもだったと振り返った。
「そんな時に何をしたかというと、自然の音や外から聴こえる音に耳を澄ませていました。そうするとその場から逃避できたし、ここではないどこかがあるように思えたんです。そのことにとても勇気づけられていました。なので(今回のストーリーには)自分の体験が入っているかもしれません」と説明していた。