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芥川賞『ゾンビ回収婦』 小砂川ワールドで描く人間とAIの境界線【オリコンBIZトーク】

 AIの進化の速さは加速し続け、いよいよ生活の一部に入り込んできている。7月15日に発表された第175回芥川賞は、人間とAIの境界線を考えさせられる作品で、時代を投影する作品だったと言えるだろう。今回は、芥川賞と直木賞に関連し、7月27日付の「文芸書」ランキングを振り返った。芥川賞受賞の小砂川チト『ゾンビ回収婦』(講談社)を中心に、作品の魅力や芥川賞・直木賞の概要などを解説する。

芥川賞『ゾンビ回収婦』 小砂川ワールドで描く人間とAIの境界線【オリコンBIZトーク】

 26年7月27日付のジャンル別ランキング文芸書部門では、1位に村上春樹の『夏帆 The Tale of KAHO』(新潮社)、2位に墨香銅臭の『天官賜福 6』(イラスト:日出的小太陽/訳:鄭穎馨/出版社:フロンティアワークス)がランクインした。10位に入ったのが小砂川の芥川賞受賞作『ゾンビ回収婦』である。芥川賞受賞作がランキング上位に入るのは珍しく、翌月3日付でも8位に上昇した。
16位には朝倉かすみの直木賞受賞作『けんぐゎい』(光文社)が入り、13位の凪良ゆう『多類婚姻譚』(講談社)、15位の若林正恭『青天』(文藝春秋)など、直木賞候補作も名を連ねた。他にも蝉谷めぐ実の『見えるか保己一』(KADOKAWA)、原田ひ香の『#台所のあるところ』(文藝春秋)も100位以内に入り、賞への関心の高さがうかがえる。

 芥川賞と直木賞の違いにも触れておく。芥川賞は新進作家による純文学の中短編小説が対象で、主に雑誌掲載作品が候補となる。直木賞は新進から中堅作家によるエンターテインメント小説が対象で、単行本として出版されたものが候補になる。純文学を対象とした芥川賞の受賞作がランキング上位に入るのは特筆すべき点である。

 今回芥川賞を受賞した小砂川は、1990年に岩手県で生まれた。慶應義塾大学大学院で心理学を専攻していた経歴を持つ。22年に『家庭用安心坑夫』(講談社)でデビューし、過去3作品すべてで芥川賞候補となってきた。選考委員からは”小説の1つの大きな魅力である自由な虚構の世界を作り上げることを徹底している”と評価された。日常の中に非日常や異物が入り込む斬新な設定を得意としている。

 『ゾンビ回収婦』の物語は、12月のある朝に主人公が突然夫と言葉を交わせなくなるところから始まる。AIに仕事を奪われ無職になった主人公に対し、夫は”演奏旅行に出掛けてきます”という謎のメモを残して姿を消す。主人公が夫の部屋にあったVRヘッドセットを装着すると、そこにはゾンビが溢れる「口唇期ホテル」という世界が広がっていた。彼女はそこでゾンビの死体を回収する清掃婦として働き始める。

 番組内では同作の考察ポイントとして、人は何に動かされて生きているのかというテーマを挙げた。主人公は現実世界で職を失い自身の役割を見失うが、VR空間でゾンビを回収するという新たな役割を与えられることで動き出す。社会や他者との関わりの中で、人は何かを背負い役割をこなして生きている。それが人を動かす原動力になっていると読み解ける。頭の中で繰り返される”働かざる者食うべからず”といった言葉も、人間を縛る要因として描かれている。

 2つ目のポイントは舞台となる「口唇期ホテル」である。口唇期とは心理学者のフロイトが提唱した発達理論の最初の段階であり、赤ちゃんが口や唇から感覚を得ていく時期を指す。作中では人間の抗えない本能や成長を暗示する描写が頻繁に登場する。AIがプロンプトに従って動くように、人間もまた誰かの指示や役割によって動かされているのではないかと考えさせられる。

 作中に散りばめられた対立構造も大きな魅力である。人とAI、現実とVRといった境界線が物語が進むにつれて徐々に曖昧になっていく。最初はAIと人間の言葉が明確に書き分けられていたが、いつの間にか逆転し、AIの方が人間らしく見えたり人間がプログラムのように見えたりする描写がある。読者の解釈に委ねる結末が純文学ならではの楽しさを生み出している。

 第175回芥川賞では、『ゾンビ回収婦』のほかに鈴木涼美『悪い血』、仁科斂『丹心』、村司侑『ソリティアおじさんがいた頃』、八木詠美『アンチ・グッドモーニング』の4作品がノミネートされていた。

 現実と仮想空間の境界が曖昧になりつつある現代において、『ゾンビ回収婦』は生きるとは何かを深く考えさせる一冊である。読者それぞれに多様な解釈をもたらす小砂川の文章力と世界観を、ぜひ味わってみてほしい。

 後編では、直木賞を受賞した朝倉の『けんぐゎい』(光文社)について紹介する。