愛知県名古屋市内で開催中の「第1回あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル(ANIAFF)」で13日、短編アニメーションの可能性と魅力を語るトークイベント&ASIFA(国際アニメーションフィルム協会)セレクションの短編作品上映が行われた。今年3月の「第97回アカデミー賞」短編アニメーション部門にノミネートされた話題作『あめだま』を中心に、制作の背景や表現手法、そして“短編だからこそできること”について、国内外のアニメーション関係者が語り合った。
【画像】東映アニメーション製作短編映画『あめだま』場面カット
登壇したのは、『あめだま』の監督を務めた西尾大介氏、東映アニメーションの鷲尾天プロデューサー、アニメーション制作を手がけたダンデライオンアニメーションスタジオの西川和宏プロデューサー、そしてASIFA-Hollywoodエグゼクティブディレクターのオーブリー・ミンツ氏。
ASIFAはフランスで1960年に設立され、アニメーション業界の最高峰とされる「アニー賞」を主催。ASIFA-Hollywoodは、同協会の中で最大の支部となる。
■「作りたいものを作る」から始まった企画
『あめだま』は、韓国を代表する絵本作家ペク・ヒナの『あめだま』『ぼくは犬や』の2作品を原作とするフルCGの短編アニメーション。企画の発端について鷲尾氏は、「原作に心を打たれ、ぜひ映像にしたいと思った」と振り返る。「正直、短編はビジネスにはならない。ただ、映画祭で評価を得ることで作品の価値を広げられるのではないかと考えました。会社のブランド力向上、という“理由”を用意して(笑)、作りたいものを作ったというのが正直なところです」と明かした。
長編やテレビシリーズが主流のアニメーション制作の現場において、短編に挑むことは決して王道ではない。それでも「感銘を受けた物語を、映像として届けたい」(鷲尾氏)という強い動機が、この作品を生んだ。
■子どもの視点で描かれる、大人の問題
ミンツ氏は、『あめだま』をこの日、初めて鑑賞。その印象について、ユーモアを交えながら語った。
「最初は、子ども向けに薬物の危険性を伝える作品なのかなと思ったんです。次に、テレビのリモコンが見当たらない、そんな日常の話かとも感じました。でも見進めるうちに、大人が抱える複雑な問題を、子どもの視点を通して描いた物語だと気づきました」
さらにミンツ氏は、作品を通して自身の幼少期の感覚を思い出したという。
「子どもの頃、自分がどんなふうに世界を見ていたのかを思い出しました。たとえば、ソファーはおならをされたらどんな気持ちがするのだろう、と考えたり、犬と話せたら何を話すのだろうと想像したり。そんな子どもならではの、信じられないほど豊かなイマジネーションが、この作品にはあふれています。大人になることへの戸惑いや、友情、友達がいなくて感じる寂しさ、さらには子どもに十分な注意を向けられない親の姿まで、さまざまなテーマが丁寧に描かれていると感じました。私自身、10歳の息子がいるので、とても胸に響きました」
■技術よりも、感情へ――西尾監督の視点
『あめだま』は3DCGで制作されているが、その背景には明確な狙いがあった。原作絵本は、人形を用いた立体作品の写真で構成されている。ストップモーションという選択肢もあったが、鷲尾氏は「世界観の広がりを考え、3DCGに挑戦すること自体がこの作品の意味になると感じた」と振り返る。西川氏は「絵本から感じられる温かみや手触り感を、3DCGでどう再現するかが最大の挑戦だった」と語った。「キャラクターだけでなく、背景も含めて、どのバランスで作れば“触れられそうな世界”になるのか。そこを丁寧に積み上げていきました」(西川氏)。
フルCG作品の監督経験がほとんどなかったという西尾監督は、「技術よりも、最終的にどんな感情が立ち上がるかを常に考えていた」と語る。「テレビアニメーションは時間や予算の制約の中で作る表現ですが、短編は“20分で完結する落語”のようなもの。起承転結をすべて詰め込みながら、観客の心に届く感情をどう生むかが問われます」(西尾監督)
目指すのは“エモーション”。その一点に向かって、スタッフ全員が挑戦を重ねたと振り返った。
2024年3月、ニューヨークのキッズフィルムフェスティバルで初上映され、最優秀賞を受賞した『あめだま』は、アカデミー賞ノミネートの資格を獲得。「特に子どもたちの反応が素晴らしかった。それが何よりうれしかったですね」と鷲尾氏。その後も各国の映画祭で高い評価を受け、現在までに9つの映画祭で受賞。今年3月には、アカデミー賞授賞式のレッドカーペットを歩いた。
■短編アニメーションという“凝縮された表現”
トークの締めくくりとして、登壇者それぞれが短編制作の魅力を語った。西川氏は「少人数で制作できるので、リスクのある表現や技術的挑戦ができる」とし、鷲尾氏は「短い時間にすべてを込めるからこそ、作り手も観客も試される」と語る。西尾監督は「短編は、作り手の動機や挑戦がそのまま表に出る表現形態」と位置づけた。
そしてミンツ氏は、ハリウッドの長編制作との対比を交えながら、「短編は一人のアーティストのビジョンを最もクリアに、そしてエモーショナルに伝えられる」と語った。
会場では、『あめだま』のほか、『Wander to Wonder』『Bestia』『Souvenir Souvenir』『Ice Merchants(氷を売る親子)』を上映。15日午後5時30分からミッドランドスクエアシネマで再上映あり。
■なぜ短編アニメーションはビジネスにならないのか
「短編アニメーションはビジネスにならない」。イベントの中でそんな言葉が語られたとき、『あめだま』のように短い時間で心を動かしてくれる作品がありながら、観る機会が限られてしまう現状は、やはりもったいないと感じた。
鷲尾氏によると、「短編はテレビシリーズのように長期的に展開できるものでもなく、長編映画のように劇場公開によって大きな興行収入を期待できる形式でもありません。上映時間が短いため、チケットの値段を高く設定することも難しく、作品そのものは素晴らしくても、収益の面ではどうしても厳しくなってしまう。配信という選択肢もありますが、短編作品を1本だけで配信事業者と契約し、大きな話題を生むのは簡単ではないのが現状です」。
その結果、短編アニメーションは映画祭を中心に上映され、受賞やノミネートといった形で評価を重ねてきた。一方で、観客の立場からすると、「評判を聞いても、観られない」という状況を生んでいる。
今回、ANIAFFが誕生したことで、短編作品を上映する場が一つ増えたことは、作り手にとっても観客にとっても喜ばしい出来事だ。短いからこそ伝えられる感情があり、短いからこそ挑戦できる表現がある。そうした作品と出会える場としても、フィルムフェスティバルを開催する意義は大きい。