世界的音楽家・坂本龍一さんがガンに罹患して亡くなるまでの3年半にわたる闘病生活と創作の日々を自らつづった「日記」を軸にしたドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』が公開中だ。29日には公開記念舞台あいさつが都内のTOHOシネマズ シャンテで行われ、朗読を務めた俳優・ダンサーの田中泯、大森健生監督が登壇した。
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■国際エミー賞受賞の報告に大きな拍手
上映後の静かな余韻が残る会場に向けて、「なるべく皆さんのこの余韻と時間を邪魔しないように。短い時間ですがよろしくお願いします」とあいさつした大森監督。
舞台あいさつ冒頭では、本作のベースとなったNHKスペシャル『Last Days 坂本龍一 最期の日々』が、世界の優れたテレビ番組を表彰する「国際エミー賞」を受賞したことが報告され、ふたりに花束が贈られた。
授賞式のため米ニューヨークを訪れた大森監督は、「“世界の坂本さん”という言葉がありますが、本当にその通りだと実感する授賞式でした。生き方そのものが、音楽以上に人の心をつかみ、震わせ、動かしていたのだと感じました」と現地の反応を振り返った。
また、長年坂本さんと交流のあった田中は、「YMOが世界を回り始めた頃、僕も毎年8か月ほど海外で踊っていましたが、どこへ行ってもリュウイチ・サカモトの名前は知られていました。クラシックの作曲家と同じくらいに浸透している名前だと思います」と、その影響力の大きさを語った。
■日記の“言葉”と向き合う重圧
大森監督は田中に朗読を依頼した理由について、「坂本さんと深い関係にあった人たちと議論を重ねる中で、坂本さんの日記を読むという非常に難しい仕事を担えるのは田中泯さんしかいない」と説明。一方で田中は、オファーを受けた際の葛藤を率直に語った。
「文学者や詩人が心境を綴った日記のようなのを僕も随分読んできました。坂本さんの日記というのは、日記を読む人や世界に対してペンを走らせていた気がしてしょうがない。今生きている私が、その文字を私の感覚で読む、上手に聞かせよう考えるのは違うなと思いました。僕はダンサーなので、自分の体で踊って口に出していく。それが映画を観る人に声として伝わっていくということに、猛烈なプレッシャーを感じました」と、回想。
さらに、日記に綴られている言葉に宿る意味をどう受け止めるか迷ったという。
「坂本さんが書いた“みかん”と、自分が捉える “みかん”とではどのぐらい違うのか自信がなかったんです。でも、いろんな環境を空想しながら自分の口から言葉を出してみる、ということをやりました。自分の踊りを総動員してその言葉を捉えていった気がしています。大変な出来事でした」と振り返った。
■田中泯が語る坂本龍一さんへの思い
田中は、生前坂本さんと交わした会話にも言及した。「自分たちが今、この世に生きているということから始まって、人間って一体何をしていくんだろうか、これからどうしていくんだろうとか。宇宙的世間話というか、“生き物”としての人間の未来ややってきたこと。そんな話ばかり何時間もダラダラとしていました」
そして、坂本さんが亡くなった今も、その対話は続いているという。
「会話の続きは、彼が死んだから終わりというものではなく、これからずっと続けるものなんだと思います。それは僕の癖で、先輩たち、大好きだった人たち、残念ながら若くして死んでしまった人たちとの会話をずっと続けているつもりで生きています。それは恥ずかしい思いをしたくないという気持ちもあるし、見ていてほしいという気持ちもある。一緒に戦わなきゃいけないということも。特に坂本さんの場合はそれが強くあります」
さらに、坂本さんの日記に記された言葉を思い返しながら、こう語った。
「坂本さんは選んだわけでもないのに病気になりました。そしてその意味においては、わたしはまだ生きている。皆さんも生きている。でも、いつ死ぬかわからない。分かっている人もいるかもしれないが、みんな違うんです。坂本さんの日記は死ぬことだけに囚われていたわけではない。全くの孤独で文字を書いてはいません。絶望も書いてはいません。『悔しい』と言っているんですから。皆さん暗くなる必要はないです。僕たちは死ぬんです、間違いなく。そして間違いなくたった1回の人生を送っています。これが一番大切なことなんじゃないですか」
あらためて坂本龍一さんの魅力について問われた田中は、「それを言葉で言わなきゃいけませんか?」と笑いを誘いながらも、こう続けた。
「大人だったら長いものには巻かれろで、それでいいじゃないかとか言うのを、絶対に『うん』と言わないで生き続けた人なわけじゃないですか。そういった意味では “ガキンチョ坂本龍一”というか。皆さんもたぶん彼に共感するのは、そういうところなんだと思うんです。そういう人に会いたくて、僕は生きています。たぶん皆さんもそれに近い感覚をお持ちだから、きょう足を運んでいるんじゃないでしょうか」
イベントの締めくくりに田中は、観客へ静かに語りかけた。
「人間って死んでいった人のことは忘れるようにできているんです。だからこそ墓石とか、お盆とか、銅像を作ったりするわけですが、でもそんなことは忘れましょう。坂本龍一という名前すら忘れてもいいのかもしれません。彼がくれた刺激を忘れないようにすれば、それでいいんじゃないでしょうか。ぜひこの映画のこと、誰かに伝えてあげてください。それがたぶん坂本さんへの一番の供養かもしれません」
大森監督も「大手を振って『観てね』となかなか言い難い面があるタイプの映画ではありますが、作品が、深く、静かに、じんわりと浸透していくといいなと思っています。できれば身近な親しい人、あわよくばその隣の人まで、多くシェアしてくださるとありがたいなという気持ちでいっぱいです」と呼びかけると、会場からは大きな拍手がわき起こった。