2013年に創業し、チーズタルト専門店として全国に名を揚げたBAKE。その後、アップルパイの『RINGO』、バターサンドの『PRESS BUTTER SAND』など、次々とヒットブランドを生み、5年で国内外100店舗を突破。コロナ禍には売上9割減の窮地に追い込まれたが、直ちにECを展開するなどして、目まぐるしくトレンドが入れ替わるスイーツ業界で、10年間生き残ってきた。その軌跡をBAKE INC.の山田純平CEOに聞いた。
【画像】全部BAKEって知ってた? 10年で“17ブランド”をローンチ
■定番スイーツの「完全後発」でなぜ売れた? “何の店か分からない”デザインで差別化
そもそも、焼きたてチーズタルト専門店『BAKE CHEESE TART』と、焼きたてカスタードアップルパイ専門店『RINGO』、バターサンド専門店『PRESS BUTTER SAND』を手掛けているのが、同一の会社だと知らなかった人も多いのではないだろうか。これは、同社のあえての戦略「1ブランド1プロダクト」が起因している。
「創業当初は、多種多様と謳いながら似通った商品が市場に多い中、徹底的に1プロダクトにこだわる戦略でした。自分たちが商品に懸けている思いやストーリーをしっかりお客様に伝えることで、ブランドが立っていくと考えたからです」(BAKE INC.代表取締役社長CEO・山田純平氏、以下同)
チーズタルトなら、チーズタルトだけで勝負する。当時は異質だった「1ブランド1プロダクト」は、1商品にとことん時間と労力をかけて良い物を作り、安く提供していくことが可能になる仕掛けだ。店舗スペースは狭くて済み、オペレーションコストも低い。投資回収しやすいビジネスモデルでもあり、5年で100店舗に達する急成長を遂げた。
立役者となったのは、黄色いパッケージが印象的なチーズタルトだ。定番スイーツであり、既に多くの“チーズタルト”が市場に出回っていた中、年間3500万個を売り上げる大ヒットを呼んだ。その勝因は何だったのだろうか。
「おいしい物を作れる力、内製化されたクリエイティブ力、そしてデザインを含めたストーリーに仕上げていくブランディング力。一つ一つの要素を真似することはできるかもしれませんが、3つの要素を掛け算するのはなかなか難しいのではないかと思います」
店舗は、一見スイーツ店には見えないようなモダンでスタイリッシュな外観。外注せずに内製化することで差別化を図っているデザインも、人の目を引く戦略の一つだ。遠目には何のお店か分かりづらいことも、人々が語り伝える“ストーリー”になり、口コミの追い風に。
クリエイティブな力で興味を引き、近づいてくると漂う焼きたてのいい香り。北海道の自社工場で作られたこだわりの味が合わさったことが、ヒットの要因ではないかと山田氏は分析する。
多くの土産がひしめく激戦区の東京駅で、’17年に新たなブームを巻き起こした『PRESS BUTTER SAND』も、同社の細部に至るこだわりがヒットに結びついた商品だ。土産菓子は大量生産が多い中、一つ一つプレス機で焼き上げるシズル感のある店舗スタイルは駅構内で珍しく、初日から大行列を呼んだ。
ターゲット層は、東京駅にいるスーツを着たサラリーマン。ファンシーなパッケージのスイーツ土産が並ぶ中、同商品のそぎ落とされたシンプルなデザインはスーツ姿にも馴染み、気兼ねなく買える手土産として幅広い層に受け入れられた。贈答用、自分へのご褒美用の両方にリーチし、フォーマルとカジュアルの両シーンにマッチしたことが飛躍につながった。
■上場目前で売上9割減、相次ぐ社員の退職… 従来の「勝ち筋」を完全に捨て、立て直し
チーズタルトの“一発屋”に終わることなく、順調に売上を伸ばしたが、店舗販売をメインに展開してきた同社は、コロナ禍を受け、’20年には売上9割減の危機に陥った。上場に向けて国内外で莫大な投資をしていた矢先、絶望した社員の退職も相次いだという。
しかし、創業から10年で17ものブランドを生み出してきた同社は、持ち前のスピード感を発揮し、数ヵ月でECサイトをローンチ。「焼きたて」との親和性はなかったが、幸いチーズタルトは凍った状態で食べてもおいしく味わえるため、新たな食べ方を訴求して販売。その後、テリーヌなど販売しやすい新商品も開発し、様々なサービスを付加しながら、着実にオンライン上でのファンも増やしていった。
「一時的な影響にとどまらず、コロナ禍をきっかけに確実に消費者行動が変わるだろうと思いました。来るべき未来が、かなり前倒しできたと理解した方がいいだろうなと。たとえコロナ禍が落ち着いても、リアルとバーチャルの行き来になるだろうと思ったので、ECを立ち上げる先としてOMO(Online Merges with Offline)の世界観の中で、ベースを作っていかなければいけないと考えていました」
OMO、すなわちオンラインとオフラインの行き来を作り上げるため、それまで貫いてきた「1ブランド1プロダクト」のコンセプトも転換。『BAKE CHEESE TART』、『RINGO』、『PRESS BUTTER SAND』と、全て同じBAKE INC.が展開していることを全面に打ち出した。
「実店舗での約800万人規模の既存客に対し、店頭案内やポイントキャンペーンでオフラインからオンラインへの流入を促しました。現在、『BAKE Membership Program』の会員は100万人を突破し、それまでチーズタルトしか買わなかった方が『RINGO』や『PRESS BUTTER SAND』を買ってみる、といったブランド横断の動きが新たに生まれています」
■初のEC基軸ブランドは“没入”をテーマに売上想定の倍、ヒットの鍵は「ストーリー」
この10年のスイーツトレンドの入れ替わりは激しく、年々サイクルが早まる傾向に。加えて、最近ではパンとも比較される機会が増え、ベーカリーとの垣根もなくなってきたと山田氏は語る。消費者の選択肢が広がり続ける中、同社は先月、初のオンライン販売を基軸とした新ブランド『架空のパティスリー「しろいし洋菓子店」』をローンチした。
「EC上で、店舗ビジネスに変わる体験価値を感じていただけるように、365日、どこからでもアクセスできる架空のパティスリーを設定しました。3Dグラスをかけて乗るアトラクションのような没入体験“イマーシブ”をキーワードに作り上げたブランドです」
北海道工場のパティシエと共に作り上げた商品は、“アートなお菓子”をコンセプトにしたカラフルなクッキーと、しっとりしたパウンドケーキ。サイト上には絵本のような世界観が広がり、味はもちろん、食べ進める楽しさや没入感、ストーリー性が重視されている。
缶を開けると3層・4段になっているクッキーには「開けてビックリした」との反響が多く、想定の2倍の売上になっているそうだ。1回食べて終わりという人も多い中、リピート率が高いのも特徴で、今後の動きが注目される。
「味や見た目が良いのは当たり前、その中にどんなストーリーがあるのか、というのが求められる時代です。これまで、『BAKE CHEESE TART』なら黄色、『RINGO』なら赤などと、シンプルなブランドカラーを重視してきましたが、本ブランドは、オートマティックな工場生産では成し得ない多彩なグラフィックを採用しています。ぜひ、独自の世界観をじっくりと味わっていただきたいです」
それまでの「勝ち筋」を捨てることはリスクを伴うが、コロナ禍をきっかけに違った方向へ舵を切れたのは、もう一段上にいくための良い機会だったと山田氏は振り返る。一つの勝ち筋にすがることなく、常に時代に合わせて新たな“おいしいストーリー”を生み出してきたことこそが、BAKE INC.が生き残り続ける最大の勝ち筋なのかもしれない――。
(取材・文=辻内史佳)