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“子どもに読ませたくない”絵本が異例のヒット 大人の心を癒やす人生の指南書

 絵本作家・ヨシタケシンスケ氏の新作『あつかったら ぬげばいい』(白泉社)が、児童書の枠を超えて「人生の指南書」「カウンセリングのような1冊」と幅広い世代に響いている。老若男女が人生でぶつかる数々の疑問や迷いと、それに対するユーモラスで明快な答えが、現代人の疲れた心を癒しているようだ。児童書ながらあえて子どもには見せたくない内容も含まれている本書に込めた思いをヨシタケ氏に聞いた。

【画像】子ども向けなのに“しね”というワードも…大人は納得の明快な答えが描かれた絵本

◆生きるのが楽になる一問一答を列挙していった絵本

──オリコン週間BOOKランキング ジャンル別「児童書」で、2020/9/7付、9/14付の2週連続1位を獲得。大きな反響を得ていますが、本書は絵本という体裁ですが、むしろ大人からの反響が大きいようです。

【ヨシタケシンスケ】 子どもからしたら、たぶん全体の3分の1くらいはきょとんとしてしまうかもしれないですね。なので、途中に「いみのわからないページが あったら/バンバンとばして わかるとこだけ よめばいい」というお詫びというか、言い訳のようなページも入れています(笑)。

──タイトルにもなっている「あつかったら/ぬげばいい」、このページに込めた思いは?

【ヨシタケシンスケ】 僕には子どもが2人いるんですが、夏や秋の微妙な気温の時、寒くなると困るから親としては子どもに1枚多く着せて外出させたい。でも、子どもはなるべく身軽でいたいから嫌がる。その時に「まあまあ、暑かったら脱げばいいんだから」と言うと、しぶしぶ納得してくれたりして。

──子どもも納得できる明快な理屈ですね。

【ヨシタケシンスケ】 妙な説得力があるし、誰も異論がない理屈。これって別の問題にもすり替えることができるんじゃないか? と考えたんですよね。僕自身、とても不安になりやすい性格なんですが、いろんな物事に対して「暑かったら脱げばいい」くらいシンプルに世の中を捉えることができたら、もっと生きるのが楽になるんじゃないかと、そんな一問一答を列挙していったのがこの本なんです。

──「へやが ちらかってたら/とりあえず むきだけそろえればいい」といった、脱力な一問一答に救われたという人も多いようです。

【ヨシタケシンスケ】 これはまさに僕の部屋のことで(笑)。僕は面倒くさがりのくせに、怒られるのを人一倍恐れていて。どうにかこの状態のまま許してもらえないだろうかと、一生懸命ひねり出した詭弁もけっこう入っています。それが僕と同じような性質の人たちに響いたのかな。一緒に傷を舐め合える人たち(=多くの読者)がいたことがうれしいですね(笑)。

◆「教育上これは…」見せるか躊躇するページは親に委ねる

──ゆるっとした絵柄に油断して読み進めていくと、なかにはドキッとする一問一答も。載せるかどうか悩んだページはありますか?

【ヨシタケシンスケ】 「ひとのふこうを ねがっちゃったら/なみうちぎわに かけばいい」のページの絵はギリギリまで迷いましたが、やっぱり大切なことだと判断して入れました。

──サラリーマン風の若い男性が、浜辺に「しね」と書いている絵ですね。

【ヨシタケシンスケ】 はい。絵本作家が「“しね”なんてけしからん!」と言う人もいるかもしれません。ただ、このページで何を言いたかったかというと、頭の中で思うのは自由なんですよ。どんなにひどい言葉でも、残虐なことでも。だけどそれを口に出したり、人が見るところに書き込んだりするのはいけない。

──言葉は時にナイフにもなる。SNSの誹謗中傷やネット炎上にも通じますね。

【ヨシタケシンスケ】 ただ、なかには「こんなことを考えてしまう自分は最悪だ」と自分を責めてしまう人もいると思うんですよね。僕自身、幼少期からずっと「どうも自分は正しくないことばかり考えてしまう人間のようだ」という根拠のない不安があって──。

──自己嫌悪に陥ってしまうことも?

【ヨシタケシンスケ】 子育てで眠れない毎日が続いて「子どもを作って本当に良かったんだろうか?」という考えがよぎった瞬間、「自分はなんてことを!」と落ち込んだこともありました。そんな自分を許したい一心で行き着いたのが、「まあまあ、思うだけなら自由だしな」という考え方だったんです。

──だけどそれを子どもに対して言うのはいけない、と。

【ヨシタケシンスケ】 そう。それはSNSで誰かを名指しで攻撃するのも同じこと。言っていいことと悪いことを判断するのが、人間という群れで生活する生き物のルールなんじゃないかな、ということがこのページでやんわり伝わればいいなと思っています。

◆「幼少期に近所にいた変なおじさん」のような存在の1冊になればいい

──ヨシタケさんの絵本は子どもたちに大人気ですが、本書には「へとへとにつかれたら/はもみがかずに そのままねればいい」など、親としては見せるのに躊躇してしまうページも……。

【ヨシタケシンスケ】 そうですよね(笑)。この本は想定読者を大人に寄せていたので、「教育上これは…」と思ったら、そこは親御さんが選択していただければ。ただ、僕は子ども向けの絵本でも、「幼少期に近所にいた変なおじさん」のような存在の1冊になればいいなと思って書いているところがあります。

──変なおじさんですか(笑)。

【ヨシタケシンスケ】 はい。親や学校の先生とはぜんぜん違うことばかり言うけれど、「どうもあの人が言うことにも一理ありそうだ…」みたいな。そういうおじさんも、最近はだんだん町からいなくなりました。

──今だったら通報されてしまうかも?

【ヨシタケシンスケ】 かもしれないですね。でも親戚のおじさんにもいませんでしたか? 親や先生が立場上、言えないようなことを言う大人って。子どもが大人になっていく過程で、そういう「ちょっと変わった大人」の言葉に触れるのって、僕はなんとなく大事な気がするんですよね。

──それが絵本の担える役割?

【ヨシタケシンスケ】 もちろん教育的な絵本も必要ですが、僕自身が世の中をちょっと斜めに見てしまう性格なので(笑)。それに大人になっていく過程で、教科書に載っていることにしか触れないのは、ちょっと息苦しいというか、子どもの幅を狭めてしまうような気もするんです。そういった教科書が担えない部分を補完するのが、絵本もそうだし、漫画や映画、ゲーム、アニメといったコンテンツなんじゃないかと思うんですよね。

──たしかに本書にも「変なおじさん」的なページがたくさんありますね。

【ヨシタケシンスケ】 子どもにとっては「よくわからなかった」みたいなページもあると思います。だけどお母さんはニヤッとしている。そこに“なんでだろう?”と子どもが引っかかってくれたら理想ですね。どんな絵本もそうですが、すべてが簡単に理解できるよりも、「あれってどういう意味なんだろう?」という引っかかりが残るのは、子どもが大人になることに対しての希望に繋がるような気がするんですよ。

(文/児玉澄子)