NOW ON AIR
カメレオンパーティー (16:00-21:00)
NOW PLAYING00:00

急逝した弘田三枝子さんの追悼番組、BSテレ東で8・7放送決定

 BSテレ東は31日、今月21日に亡くなった昭和のポップス界を代表する歌手・弘田三枝子さんの追悼番組『緊急追悼企画 ありがとう!弘田三枝子さん』を、8月7日(後9:00~9:54)に放送すると発表した。BSテレ東4Kでも放送される。

【写真】弘田三枝子さん「人形の家」などジャケット写真

 番組では、『夏祭りにっぽんの歌』『日本歌手協会歌謡祭』などの番組に出演した際の弘田さんの歌唱映像など、在りし日のVTRや写真などで足跡を振り返り、「ポップスクィーンのMICOちゃん」と親しまれた彼女の遺徳を偲ぶ。進行役は、合田道人が務める。

 宮川幸二プロデューサーは「コロナ禍でお別れの会を行うのがなかなか厳しい状況の中、この番組を通して皆様と一緒に弘田三枝子さんをお見送りしたいと思います」と、コメント。

 番組では、以下の楽曲を紹介予定。「人形の家」「夢みるシャンソン人形」「子供ぢゃないの」「ヴァケーション」「すてきな16才」「渚のうわさ」「砂に消えた涙」「スターダスト」「ひいふうみいよう」「レオのうた(ジャングル大帝)」「世界の国からこんにちは」「私が死んだら」

■弘田三枝子さん略歴
1947年2月5日生まれ。愛称:MICO。
1961年、「子供ぢゃないの」でレコードデビュー。当時14歳で、ポップスクィーンの地位を確立した。
1962年、「ヴァケ ー ション」が大 ヒットを記録し、『NHK紅白歌合戦』に初出場。敗戦後の日本で、アメリカンポップスの全盛期を支えた数少ない実力派歌手。アメリカンポップスでのヒットは数十曲にのぼる。
1965年7月、日本人歌手(アジアの歌手)として初めて、アメリカの「ニューポート・ジャズ・フェスティバル」に出演。 ビリー・テイラー、トニー・スコットという一流演奏家をバックに歌声を披露。
1968年、自身初のR&Bのライブをアメリカ土産としてサンケイホールにて開き、ライブアルバムを制作。
1969年、「人形の家」で第11回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞。
1970年、ダイエット本の先駆けとなる「ミコのカロリー BOOK」を出版し、150万部を超える大ベストセラーになる。

 『紅白歌合戦』には、合計8回出場。映画も6作品に出演した。歌唱力に感動したエラ・フィッツジェラルドに「私の養女にしたい」と言われたというエピソー ドも有名。日本歌謡界の女王、美空ひばりからは自身が作詞した「夢みる乙女」をプレゼントされ、レコード発売している。

 また直木賞作家の高橋克彦氏やサザンオールスターズの桑田佳祐は弘田さんの大ファンを公言しており、桑田は1983年に発売されたサザンオールスターズ のアルバム『綺麗』に、弘田さんをテーマにした「MICO」という作品を収録。アンサーソングとして同年、自ら作詞作曲した「オー! ケイスケ」をもじった「O-KAY」をリリースした。

 ほかにも、大瀧詠一、山下達郎、竹内まりや、スピッツの草野正宗らミュージシャンからもリスペクトされ、1999年にはピチカート・ファイヴ小西康陽プロデュースによる弘田のアルバム『TOKYO 27:00』(TRIAD COLUMBIA)を発売。

 今年はレコードデビュー60周年を迎え、記念曲の制作や記念コンサートの開催などを企画していたが、新型コロナウイルス感染拡大により「来年に持ち越しね!」とスタッフと話し合っていたところだったという。先月15日にはYouTube『日本歌手協会チャンネル』で配信された『コロナに負けるな リレー歌謡祭第46弾』で「早く皆さんに会いたいです」と電話でコメントを寄せており、最後の肉声となった。